白柴農園
白井 一城さん
愛知県豊橋市東赤沢町
サラリーマンの時に身に付けたリスク管理や備えを得意とし、栽培や経営に応用し、農場長として白柴農園の栽培現場を支える。
インスタグラム@shirosiba_noen
HP:https://www.shirosiba-noen.com
「将来30年以上は続けられる農業を目指す」と負けない栽培技術を身に付けながら、じっくり将来を見据えている白井さんに話を聞いた。
住宅街横に、畑やハウスが広がる豊橋市東赤沢町。遮る物がほとんどなく、冬は特有の冷たい空っ風が吹き抜ける。
農場長を務める白井さんは4人兄弟の長男で、東京生まれ。高校生の時、菊を栽培していた祖父母のいた豊橋へ移ってきた。その後、東京の大学へ進学し、証券会社に就職し社会人生活を過ごす中、祖母が倒れてしまい、続けて会社員の父岳彦さんも倒れ、意識障害を併発してしまう。懸命のリハビリにより克服し、早期退職。菊農家を継ぐも、症状が悪化してしまい農家を断念せざるを得なくなってしまった。このことを機に、白井さんは「農業」の文字がよぎり「畑をやってもみてもいいかな…」と思い始める。そう思えたのは、営業職で汗を流していた白井さんは、さまざまな業種との出会いの中で「農業」に良い印象を持っていたからだそう。そして3年務めた証券会社を退職する。
退職後は、農業法人に転職し、キャベツやトマト、とうもろこしの栽培技術など習得しながら1年間経験を積み、豊橋市の実家に戻った。その間も、兄弟で継ぐことについて話し合いを重ね「できることをそれぞれやろう」と分担を決めた。就農を決心したその頃は、新型コロナウイルス感染症がまん延を始めた3年前。不安もあったがスタートを切ることができた。
始めに取り掛かったのは、放置状態だったハウスの掃除と補修。白井さんが栽培するものは菊ではなく、4月から8月にアールスメロン、9月から4月までスナップエンドウ、5月から2月まで長ねぎ、そしてキャベツ。通年の栽培計画は、需要と供給のバランスなどを調べ、この4種の作物に決めた。
一番最初に栽培に取り掛かったのはアールスメロンだった。栽培が難しいことから「メロンが作れれば他は大丈夫と思った。そのため、メロンの種蒔きはとても神経を使った」と振り返る。
白柴農園は「微生物を大切にした土づくり」、「品種の特徴を掴んだ栽培管理」、「情報収集&資格取得」の柱を中心に、栽培技術の向上するための経営理念を持っている。そのため、日本農業技術検定取得や土壌医検定1級取得を目指すなど、経営だけなく基本となる栽培技術を追求。また、全体の4割を占めるネット販売においても、SNSの活用や運用に比重を置くなど、発信や勉強も欠かさない。「すぐにスタートできたのは、施設や道具など生かせるものがあったのは大きい。その分、しっかりと集中できた。祖母や今まで出会った方に感謝し、恩返したい」と話す。
農業と福祉の連携にも力を注いでいる。「父が障がい者のため、自分たちだから分かる、できることがあると思う。働く場所の提供やその家族も救っていきたい」と願いも込める。【編集】「東三河はすごい所です」が印象的。30歳にしてさまざまな経験が農園から伝わります。