2014年6月 旬のしずく~地産地消推進隊~

syun_topbar農業と食への飽くなき探究心 終りなき楽しむ農業

ミカワコットンプロジェクト「蒲郡」~‘地産地消~ミカワコットンプロジェクトin蒲郡
くらふとフェア蒲郡実行委員会
TCC・竹島クラフトセンター
鈴木敏泰さん

愛知県蒲郡市

クラフトフェア蒲郡実行委員会副委員長を務める傍ら、TCC・竹島クラフトセンターでテキスタイルデザイナーとして代表を務めている。栽培された三河木綿を実際に手に触れることで、大切さと良さを発信している。


3年前に棉の輪を広げようと立ち上がったミカワコットンプロジェクトin蒲郡。市全体で取り組み、11月には蒲郡市で2014全国コットンサミットが開催される。今、注目されている事務局の鈴木さんにお話を聞いた。

蒲郡の織物歴史

日本の綿栽培は約1200年前、蒲郡では矢作川河口であった西尾市に、崑崙人(こんろんじん/天竺人)が綿の種とともに漂着し、村人に綿の栽培を教えたことが始まりとされている。日本有数の綿織物の産地として知られていた。昭和初期を境に激変。近年は海外で生産される化学繊維が主流となり、日本全体の産業が急速に衰退。数多くあった織物工場も激減。蒲郡も例外なく町から工場は減り、栽培農家は姿を消していった。地元蒲郡の織物産業の存続の危機を脱しようと一念発起。原点回顧することからスタートさせた。最終的に辿り着いたのは、三河地方にしか生育できない三河種・三河和綿を復活し、三河織物を復元することだった。そうと決まればまずは種から。木綿の発祥地西尾市の「天竹神社を訪れ、三河種に最も近い品種である「希望の種」を手に入れ、ミカワコットンプロジェクトがスタートを切った。

ミカワコットンプロジェクト「蒲郡」~‘地産地消~ミカワコットンプロジェクト「蒲郡」~‘地産地消~ミカワコットンプロジェクト「蒲郡」~‘地産地消~

ミカワコットンプロジェクト「蒲郡」~‘地産地消~ミカワコットンプロジェクト「蒲郡」~‘地産地消~ミカワコットンプロジェクト「蒲郡」~‘地産地消~

栽培から道具と技術の復元

海岸に近い松原 町に借りたは場所は、石も多くとても硬い土地、栽培環境にはむかない埋立地。石を取り除くことから始まり、堆肥を入れ耕し、やっとの思いで栽培するまでに 至った。栽培された棉を紡ぐ作業も現代技術に頼らず、当時の手紡ぎや手織りにこだわった。もちろん、道具もなく、技術を持つ人もいなかった。使えなくなっ た古道具を建具屋さんに復元を依頼、松坂木綿をモデルに手探りしつつ技術を体得、この現代に三河木綿をどうにか復元することができた。当時の人も色を好ん でいた色の着いた茶棉や、藍染めで色を入れた流行や文化も受け継げればと製品化の幅を広げている。

鈴木さんが思うこれから…・・

やはり基本は土。繊維産業の始まりは農業。土作りから始まり、その土地からでないとできないものがあり、一握りの土の中にも酵母や微生物がいる。その大地でできた棉から作った織物と観光地が結びつくことで、繊維でも地産地消は成り立つと思う。復元から今のライフスタイルに合わせていく製品作りが今の課題。棉を多く栽培して三河和綿を量産し、生活に密着し使われるよう願いを込め発足した『ミカワコットンプロジェクト』。歴史の掘り起こしと新生繊維、蒲郡市の協力で糸を紡ぐ文化をこれからも繋いでいきたいと鈴木さんは笑顔で話した。
【編集】大切な自分や家族の体を包み、守る衣。衣食住の「衣」の原点を知りました。

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